大阪事務所
グロースチーム経営会計事務所



〒 530-0041
大阪府大阪市北区天神橋2丁目4番17号
千代田第一ビル 6F
谷町線 南森町駅地上7番出口から徒歩1分
JR東西線 大阪天満宮駅同出口から徒歩1分
(東梅田駅から谷町線2分で南森町駅)
代表者

公認会計士:近畿会(登録番号23266)
税理士:近畿税理士会(登録番号134014)
認定経営革新等支援機関
(認定ID109727001201)
TEL:050-1722-2963
(受付時間:平日 10:00 – 18:00)
※事前予約の場合は21:00まで相談可能です


グロースチーム経営会計事務所
代表税理士 / 公認会計士


略歴
大学在学中から深夜工事現場ガードマンのバイトもしながら勉強を続け卒業翌秋に公認会計士2次試験に合格しました。
当時Big4大手監査法人2社から内定を頂きますがIT活用に遅れ年次序列が強く見えたため辞退し、給料は下がりますが当時IT化最先端でフロリダに2か月研修も行かせてくれるPwCグループIT系会計系経営コンサルティング会社(現IBM-ビジネスコンサル)へ入社しました。
その後、同じPwCグループのM&A財務アドバイザリー部門(当初PwCグループ監査法人のTS部→PwCアドバイザリーへスピンアウト)へ移りスタッフからマネージャーまで経験しました。
その後、第一子が誕生した直後の2011の震災をきっかけに大阪に移動し同PwCグループの経営コンサルティング会社の大阪支社、PwC税理士法人大阪事務所で勤務。シニアマネージャーとしてスタッフをまとめ案件をリードする役回りまで行いました。
創業者が一代で大きくした中堅企業から上場企業までの財務調査や事業計画レビュー及び企業価値評価、中堅企業から上場間もない会社までの経営管理体制刷新や構築、中小企業から年商数兆円を超える上場企業までの税務申告・難易度の高い税務論点を含むコンサル・税務調査支援に深く関与してきました。
また、20代に会計士として約3年働いた後に外食ベンチャー企業(グローバルダイニング社他)の店舗現場で修行し店舗独立を考えた時期もあり、外食店舗向け覆面調査モニターサービスの企画運営、口コミサイトの企画/開発/運営等も行ってきており幅広い経験が強みです。
現在はグロースチーム経営会計事務所の代表税理士として「古い既得権益の壁を打ち破り真摯に事業に挑む創業経営者とその企業をサポートして日本を元気にすること。」をミッションとしています。
資格など
- 公認会計士:2009年1月登録 / 登録番号23266 / 近畿会
- 税理士:2016年10月登録 / 登録番号134014 / 近畿税理士会
- 日商簿記検定1級
- 慶応義塾大学経済学部経済学科卒業
- SAP FI(ERP財務会計モジュール)認定コンサルタント合格
- マネ―フォワードクラウド公認メンバー GOLD
- 歴史・戦略系youtube動画で28万回超/本 再生、収益化条件クリア実績
(戦国時代、幕末、西洋戦史など) - 普通自動車免許、中型自動二輪免許
趣味
・最近:子供のサッカー観戦、子供と海釣り
・少し前:youtube企画と実験(戦史の解説系。Short28万超再生/本 Long2.7万超/本迄)
・学生時代:ギター(ロック)、サッカー、極真空手、バイク(中免)
大阪市天王寺区在住
夫婦と娘1人(高校)息子1人(小学)4人家族
代表税理士へのインタビュー
※youtubeから再生されます(限定公開動画)
今までの道のり(幼少期~学生時代)

千葉県市川市で生まれ、幼稚園児のときに、慕っていた苦労人で創業者の祖父(母方)が癌で死去。祖父の死後に、親戚が祖父の会社を継ぎ2代目経営となりましたが、バブル崩壊時にあっけなく倒産します。…
本業以外で、当時流行っていた財テクに手を入れすぎ、バブル崩壊時にそのあおりもあって倒産をしたとは子供ながらに聞いておりました。
中学2年生のときに、長く関係が悪化していた父と母が別れ、馴染んでいた千葉の家は売られ、ついていく親を選び、母と兄と自分の3人だけは東京都台東区に引っ越し、以降、母子家庭で育ちました。
酒浸りになり当時子供に全く興味がない父親だったこともあり、家庭崩壊したことで、しばらくは父親への恨みと憤りをエネルギーに変えて生きている面がありましたが、その間も母親の実直さと台東区根岸の下町の温かい雰囲気で救われていました。
また、知れば知るほど尊敬する対象となった祖父とのかすかな思い出と、幼稚園時より母親から繰り返し伝え聞いていた祖父の生前の逸話(丁稚奉公から苦労をして事業を起こし会社を育て成功を収め、厳しくも兄弟や子供たちを大切にし全ての子供から愛されリスペクトされていた)が自分のルーツとしてはとても誇りに感じられ支えになりました。
高校生のころには、母方の叔父が繰り返し事業に失敗し、その後、亡くなります。
自身とは接点は少なかった叔父ではありましたが、葬式に参列するなか、残された家族の悲劇と学生である自身の無力さを実感しました。残された年下の従妹に慰めの声をかけるも自身には何もできませんでした・・・
待遇の良い会社に入るためだけに良い大学に入るという思考が、何となく刷り込まれてきていましたが、両親が別れ母子家庭の状況では、固い日本の大企業では就職活動の最終面接で落とされるという話を高校2年生のときに目にし(落合信彦氏の自伝より)(全てがそうではないとしても)大企業に幻滅しました。
結果、高校2年生の時点から、有名大企業を目指して将来安泰のような幻想(いまでは皆、幻想と気付いていると思いますが)は完全に捨て、実力で勝負できる自営業の道で生きていくことを決め、その手段の一つとして「公認会計士」「税理士」という職業があることを知り目指し始めました。
祖父が丁稚奉公から事業を起こし身一つで戦後の混乱の時期も含め会社を大きくし、貧しかった弟を自身の会社で引き受けるなど親分肌で実力も包容力のあったこと(女性関係含め破天荒な面もあったが、5人の全ての子供から愛されていた)、逆に当時目にする大人のサラリーマンの方たちに何か冷たさを感じてしまっていたことも影響していたかもしれません。
社会人となってから
大学時代もサッカーや深夜バイト、極真空手など、紆余曲折がありましたが、公認会計士受験勉強をスタートし・・・
・・・当初は甘くみていたものの途中で厳しさに気づき、ボクサーのようにストイックに年間1回の一発試験に狙いを定めて正真正銘の全力を尽くし、大学卒業した次の年の会計士2次試験に合格。最後の試験は、前年不合格から文字通り頭を丸めて坊主からの1年間の挑戦でした。
喜びもひとしおであり、同時に、さんざん周囲の人間からは、「お前には無理だ」とか「バクチみたいなことやってるな、諦めたほうがいい」とか言われていましたので、周囲の声に負けていたら何もできない、他人の評価など無責任なものだ、という思いを強くしました。
同時に、会計士試験合格の前後に、ソフトバンクの孫正義社長の自伝を読んで感銘を受け、そこから一機に芋づる式に日本マクドナルドの藤田田氏(「ユダヤの商法」)、HISの澤田氏、ハイパーネットの板倉氏(「社長失格」)、サイバーエージェントの藤田氏、ライブドアの堀江氏、ホンダの本田宗一郎氏、ソニーの盛田昭夫氏、アップルのスティーブジョブス氏、グローバルダイニングの長谷川氏(「タフ&クール」)、ワタミの渡辺氏(「青年社長」)、生活創庫の堀之内氏、ドンキホーテの安田氏、タリーズジャパンの松田氏・・・と、創業者の創業期の自伝を読み漁りました。
特に私が勇気をもらったのは、ただ表面的な恰好を付けるのではなく、時に泥水をすすり、時に理不尽な仕打ちを巨人のような企業グループから受けて打ちひしがれても、それに負けずに繰り返し挑戦しリベンジを果たしてきた創業者の方たちでした。
その後、ドットコムバブルの中、会計士2次試験合格後の最初の就職先は、これからはITの時代だ!ということで当時、外資系IT系経営コンサルティングファームだったPwCコンサルタント(株)へ入社。(当時はUSのPwCの100%子会社のため100%外資。)会計士2次試験合格者約700人の中、恐らく私1人だけがBig4監査法人2社の内定を蹴って敢えてそれより初任給の低いPwCコンサルタントへ入社しました。
その後の業務歴は上記の概要の通りです(もしお話しできる機会がありましたら是非)。
ご参考)起業時の経験など
過去に口コミサイトでの起業挑戦時は、自身でPHPとMYSQLのプログラミングにより・・・
・・・育児分野の食べログのような口コミサイトを開発・運営。各カテゴリで検索上位を獲得し、毎日3千人のVisitorまでは獲得するがSEOのアルゴリズム変動等に翻弄され、資金と時間の制約の中、それ以上伸ばすことができず辛酸を舐めました。
なお、その際には自己資金だけで対応することにこだわって始め、後から、やはり資金的に厳しいということお金がなくなってきてから複数のベンチャーキャピタルに急遽話を持って行ったりと駆けずり書類は通過しピッチ(プレゼン)審査までは受けさせて頂けたものの最終的に資金を得ることができないというきつい経験もしました。
当時はお金が無くなってきていたので新幹線代が払えず夜行バスで大阪から東京のベンチャーキャピタルさんにピッチをしに行ったのも今となっては笑い話です。ただ、その際の経験は業種は違えど現在のグロースチーム経営会計事務所での活動にとても役立っていると思います。
それとは別に、もう少しさかのぼって外食現場店舗勤務後には、外食向けの覆面調査(ミステリーショッパー)サービスを自身のWebサイトにより短期間開発・運営した経験があります。
一般モニター会員登録者2千人以上を集め、大手商業施設へのサービス提供も経験しました。こちらは、ちょうど覆面調査ブームやグルーポン等が立ち上がるタイミングでした。
資金力のある会社がシステム投資をして営業マンを雇ってきた中、零細個人でたまたまSEOで「覆面調査」キーワード上位(1ページ目の1位から5位くらいで変動)取ってしまえれたということ、先進的な外食店舗のSVの隠密調査の際の経験を現場で体験していたこと、というだけで戦ってしましました。
しかも、本業と別途片手間で、しかも顧客側がまだオンラインに馴染んでいないタイミングでWebに偏り進めてしまい、モニターへのMyページ・オファー応募/依頼管理及びレポート管理システムを自身だけで週末だけで開発しようとして時機を逃した。というのが教訓でした(上記の口コミサイト開発にノウハウは活用できたものの)。
なお、当時は小予算でのマーケティングの必要から「神田昌典氏」のマーケティング本(知る人ぞ知る)をほぼ全巻を読み込みウェブやDMで集客に挑戦しました。
税務・財務・経営管理の実績など

<財務・経営管理の実績>
・上場した年商数百億円のネットベンチャー企業の経理業務プロセス改革プロジェクトの経営管理パートで経営企画部メンバーをリードして各事業責任者へのインタビューを通じた事業別のミッション整理、事業を伸ばすための業績評価や予実管理の体系の立案と整理を支援。…
・年商1000億円規模の老舗企業グループへのバランススコアカード(BSC)の概念を通した、企業グループ内の財務、顧客、業務プロセス、学習と成長の4視点の相関関係のマインドマップ的なチャートによる整理と、各事業部責任者とのワークショップの実施、それらを通した主要成功要因(CSF又はKSF)の抽出。
・年商1000億円規模のオーナー経営の卸売企業の経営管理プロセスの改革プロジェクトにて、各事業の営業マンを会社のゴールと沿った形で動機づける業績評価体系と経営者が企業価値を上げる観点からモニタリングできる管理会計構造の構想策定と構築支援。各事業部門長へのインタビュー及びワークショップの実施。
・数多くのオーナー経営の中小企業の事業承継としてのM&Aにおいて、買い手の投資家の意思決定をサポートする財務分析・調査、事業の収益性分析・調査、および企業価値分析の実施。売り手企業の社長及びCFOへの集中的なインタビューの実施と買い手企業M&A責任者への報告。
・創業期の法人が日本政策金融公庫の創業融資を受ける際の事業計画作成サポート、公庫の融資担当者と直接のコミュニケーションとご紹介、融資面談への同席、模擬面談の実施サポート。
<税務関連の実績>
・大手上場企業の税務専門部門が作成する法人税申告書への専門家としてのレビューと相談対応。中小企業の税務申告書の作成と申告の代理。
・上場企業への国税局の税務調査、オーナー企業への税務署の税務調査の対応支援。国税局OBや弁護士との情報交換と協力体制によるサポート。税務調査官の指摘に対する合理的な反論の作成と協議の実施。…
・税務申告の時点でリスクを認識する重要な税務論点につき、将来の税務調査に向けて判断根拠を整理して説明する文書の作成(ポジションペーパー)
・上場企業含む企業の税務専門部門からの難解な税務論点への問い合わせに対する相談対応。
※対象としてきた企業や企業グループの規模は、売上高1000万円未満の創業期スタートアップ企業~売上高10兆円超の企業まで多岐にわたります。
おススメの書籍
・「スティーブ・ジョブズ」(Macを世に出した際の葛藤、暗闘、挫折、復活)
・「ジョナサン・アイブ」(ジョブズと右腕CMOアイブ氏の関係、プロダクトと経営)
・「成功者の告白」(神田正則氏。日本のDRMマーケ元祖。実体験モデルに起業時を小説風)
・「タフ&クール」(グローバルダイニング長谷川氏の店舗創業、リアルな試行錯誤、人事評価)
・「ユダヤの商法」(藤田田氏。日本マクドナルド創業の藤田氏の名著。権威を打ち破る視点)
おススメの映画
・「ザ・エージェント」(大手エージェント会社の短期利益偏重に疑問を持ち、Mission Statementを作るが経営陣とぶつかり解雇、公私ともにボロボロからの起業と再生)
・「女神の見えざる手」(大手ロビイスト会社で活躍も信条に反する大手顧客へのサービスを迫られ退職。信条に沿う仕事のために独立、古い癒着企業と戦っていく、猛烈なスピード感)
・「ラスト・サムライ」(本国の軍で意に沿わない戦いをさせられ嫌になって酒浸りになっていた士官が、日本で体制側に雇用されるも反乱軍側(西郷隆盛モデル)に感銘を受け変化…)
好きな戦国武将、英傑
・織田信長、斎藤道三、徳川家康、豊臣秀吉、佐久間盛政(賤が岳の戦い)、前田利家(浪人時代)
・高杉晋作、吉田松陰
・孫武、伍子胥、アレキサンダー大王など


